正しさよりも 心地良さを
正しさより、心地よさを
お客様の状態や、日常で意識しているケアを伺うと
よくこんな言葉をいただきます。
「なんだかホッとした」
「肩の荷が落ちた」
「楽になった」
それはきっと、
ちゃんと自分自身と向き合えている証拠。
「あるべき」「こうでないと」が強くなるのは、
きちんとやろうとする人ほど。
本来やさしいはずのケアが、
いつの間にか自分を縛ってしまうこともある。
アーユルヴェーダには
ドーシャをはじめ、アグニ・ダートゥ・アーマ・マラ・スロータス・オージャスなど
身体を理解するための大切な智慧がある。
もちろん、
アーユルヴェーダを学ぶこと自体が
間違いというわけではない。
けれどそれらは本来、
「理解するための地図」の様なものと思っています。
人は日々、
季節や環境、感情によって変化している。
ドーシャも常に揺らぎ、重なり合っているから、
「自分はこれ」と決めつけるほど、
今の状態とズレてしまう。
頭で判断しようとするほど、
本来の感覚がわかりにくくなる。
こういう場面、意外と多いはず‥
実体験として私自身も多くの場面で感じていました。どの段階での学びだったか‥アーユルヴェーダを学ぶ身近な人にも言われてやっと本当の意味で気が付きました。
何か違うなという違和感が、そういうことか‥と。
実際に、
アーユルヴェーダを詳しく知らなくても
身体の声を聞く習慣がある人の方が、
自然と整い、回復が早いことも少なくない。
大切なのは
当てはめることではなく、気づくこと。
ラベルではなく感覚。
コントロールではなく対話。
正しさより、心地よさ。
そして——
心と身体の声が聞けていれば、それがすでにアーユルヴェーダなんだと。
もしも、あれ?何かが違うな!と思ったら、
思い出して頂きたいのです。当てはめる作業になってしまっていないかを‥
◆◆これから学びたい方へ。
◆◆苦しさを感じながら学んでいる方へ。
知識は地図として持ちながら、
最後は自分の感覚に委ねていくこと。
その両方が揃ったとき、
アーユルヴェーダはより深く、生きた智慧になります。
ご参考になれば幸いです😊
そして,春のデトックスをご希望の方は是非、アーユルヴェーダの施術を受けにいらしてください。




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